「ひび割れ壺」の物語

投稿日 : 2013年12月12日
[`evernote` not found]

th_002

子育てに悩んだら、思い出したい物語。

大掃除で手紙や書類を整理していたら
前に子育てについて古い友人と話した時に
教えてもらった物語のコピーを見つけました。

よく引用される有名な話のようですが、
教えてもらった当時、私は知らなくて
とても感動しました。

友人への感謝の気持とともに、
備忘録としてここにも
コピーしておこうと思います。


「ひび割れ壺」 作:不詳、訳:菅原裕子

インドのある水汲み人足は二つの壺を持っていました。
天秤棒の端にそれぞれの壺をさげ、首の後ろで天秤棒を左右にかけて、彼は水を運びます。
その壺の一つにはひびが入っています。もう一つの完璧な壺が、小川からご主人様の家まで一滴の水もこぼさないのに、ひび割れ壺は人足が水をいっぱいに入れてくれても、ご主人様の家に着くころには半分になっているのです。
完璧な壺は、いつも自分を誇りに思っていました。なぜなら、彼がつくたれたその本来の目的をいつも達成することができたから。
ひび割れ壺はいつも自分を恥じていました。なぜなら、彼がつくれたその本来の目的を、彼は半分しか達成することができなかったから。

二年が過ぎ、すっかり惨めになっていたひび割れ壺は、ある日、川のほとりで水汲み人足に話しかけました。
「私は自分が恥ずかしい。そして、あなたにすまないと思っている。」
「なぜそんなふうに思うの?」
水汲み人足はたずねました。
「何を恥じているの?」
「この2年間、私はこのひびのせいで、あなたのご主人の家まで水を半分しか運べなかった。水がもれてしまうから、あなたがどんなに努力をしても、その努力に報われることがない。私はそれがつらいんだ。」
壺はいいました。
水汲み人足は、ひび割れ壺を気の毒に思い、そして言いました。
「これからご主人様の家に帰る途中、道端に咲いているきれいな花をみてごらん。」

天秤棒にぶらさげれて丘を登っていくとき、ひび割れ壺はお日様に照らされ美しく咲き誇る道端の花に気がつきました。
花は本当に美しく、壺はちょっと元気になった気がしましたが、ご主人様の家に着くころには、また水を半分漏らしてしまった自分を恥じて、水汲み人足に謝りました。

すると彼は言ったのです。
「道端の花に気づいたかい?花が君の側にしか咲いていないのに気づいたかい?僕は君から落ちる水に気づいて、君が通る側に花の種をまいたんだ。そして、君は毎日、僕が小川から帰る途中水をまいてくれた。この2年間、僕はご主人様の食卓に花を欠かしたことがない。君があるがままの君じゃなかったら、ご主人様はこの美しさで家を飾ることができなかったんだよ。」


物語の後、もらったコピーは
こう結ばれていました。

「私達はみな、それぞれユニークなひび割れを持っています。
私たち一人一人がひび割れ壺なのです。
私たちの仕事は、子どものひびを責めることではありません。
自分のひびを責めることでもありません。
子どものひびのために花の種をまくこと、それこそが親の仕事です。
子どもたちはどんな花を咲かせてくれるでしょう。
そして、私たち親はどんな花を咲かせるでしょう。」

この物語を教えてくれた古い友人は
当時、とても悩みながら、
心を尽くして子育てをしていました。

たまにしか連絡を取り合わないのですが、
心の片隅で彼女を応援しています。

[`evernote` not found]