携帯電話のない生活。

投稿日 : 2014年4月2日
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実際なくなってみると…

2013年本屋大賞ノミネート作品、「世界から猫が消えたなら」を今更ながら図書館で借り、読みました。

僕は生きるために、
消すことを決めた。

今日もし突然、
チョコレートが消えたなら
電話が消えたなら
映画が消えたなら
時計が消えたなら
猫が消えたら
そして
僕が消えたなら

世界はどう変化し、人は何を得て、何を失うのか
30歳郵便配達員。余命あとわずか。
陽気な悪魔が僕の周りにあるものと引き換えに1日の命を与える。
僕と猫と陽気な悪魔の摩訶不思議な7日間がはじまった―――

消してみることで、価値が生まれる。
失うことで、大切さが分かる。
感動的、人生哲学エンタテインメント。

魅力的な謳い文句と沢山の方の感想にまんまとやられて、手に取ったというわけです(感想は読書メーターにあげてます)。興味を持ったのは、携帯が消えた生活が出てくるというから。

世界から携帯がなくなって、主人公は気付いたといいます。
「なくてもよかったものが、たった20年で、なくてはならないものかのように人間を支配している。人は携帯を発明することにより、携帯を持たない不安も同時に発明してしまった。」

本当、その通り。

私は、高校生の時はポケベルを持ってました。大学生の時はPHSから携帯。社会人になっても携帯を持ってました。でも、結婚して、やめました。でも、最初は不安だらけでした。

やめようかという話になった時、「やめたら、友達との繋がりが無くなっちゃうんじゃないかな…」と不安に。まずはPHSにして(それまでの番号は引き継がず、新しい番号になって)様子をみました。新しい番号は、持っていた携帯の電話帳に登録してあった友人すべてに連絡できたわけじゃないので、特に親しい人にだけ教えました。

でもこのPHS、ほとんど使わなかった。専業主婦になって家にいることが多いし、大抵はメールでの連絡ばかり。電話をかけなきゃならないことってあまりなかった。いいや、もういらないや。一年足らずで、結局契約をやめてしまいました。

やめてみると、何で今まであんなに携帯が大事だと思ってたんだろう?と不思議に思うくらい。毎日身につけていたのが嘘のようでした。

特に煩わしさから解放されたなと思ったのは、マナーモードや電源オフにしなければならない場所を意識しないで済むようになったところ。電車に乗る前や図書館や美術館などの静かな場所に入る時など、気をつけなければならない場面って、それまでたくさんありました。もう、そんなこと気にしなくていいんだと思ったら、なんだかすごく自由になった感じがしました。

主婦の私が外に出掛けるときは、ほとんど何かの用事があるときだけ。お稽古や仕事の打ち合わせなど、もし電話を持っていても電源を切らなければならない状況の中にいるのだものね。

「すぐに伝えられないもどかしい時間こそが、相手のことを想っている時間そのものなのだ。」
小説の主人公はそんなことを言ってました。う〜ん、そこまでセンチメンタルになったことはないけれど。

家では、Wi-Fi環境でメールやネットを自由にできる道具たちが色々あるので(PC、タブレット、お下がりのiPhoneなどなど)、携帯持っているのとあまり変わらない感じですが、外に出掛けると途端に何もなくなります。

外にいる私を捕まえたい方には、迷惑をかけているとは思うけれど。みんな、もはや諦めてくれてます。

携帯があればなぁと思うこともありますが、それも一年のうちに一回あるかないか。公衆電話もあるし、Wi-Fiスポットも結構あるしね。

お陰さまで、電車の中などでは、結構本が読めます。なかなかいいものですよ。この開放感を体験してみたくなったら、家にわざと携帯を置き忘れてみるといいかもね?

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